2014年8月9日土曜日

病気根絶の傷跡

うまくいくことだけが
人生ではありません。

病気根絶の傷跡

おかげをいただかなくては
一分一秒生きてはいけない
実際ではありますし、
また
ご信心により
おかげをいただいて
ありがたい生活に
させていただくことも
あります。

けれども、
ご信心を始めたからといって
全てが好転するという考え方なら
何だ良くならないじゃないか...と、
すぐさま
挫折しやめてしまうのでは
と、自分の経験からでも
想像します。

教祖金光大神様は、
これほど信心するのに、
どうしてこういうことが、
できるであろうかと思えば、
信心はもう止まっておる。
これはまだ信心が足らぬのじゃと思い、
一心に信心してゆけば、
そこからおかげが受けられる

と教えてくださっています。

いつだって
励ましてくださっています。

諦めかけてしまうその心を。
「もうダメだ...」と
神様に心向ける生活を送りながらも
迷いに迷って...
そんな弱気な心を見抜いては
お取次が
み教えが
立ち直らせてくださいます。
ありがたいことです。

「もうダメだ」と
思うのは、
厳しい言い方ですが、
それはすでに神様を信じていないことと同じ
以前そのように教えられました。

そう教えられ
心改めて、
また神様に心向ける生活に戻るのですが、
私にとっての非常時が重なってくると
神様へ向いている心が
曇ってくるというか
淀んだ感じになります。

繰り返しですね。

少しずつは進んでいるのでしょうが^^
・・・


以前、ある会合で
心の病について
考えさせていただいたとき
病気を排除しようとする世の風潮に
疑問を感じたことがありました。

「病気はいけないのだ、
健康だけが良い
だから病気を根絶しなければ...」
という極端な考えでは
より大きな被害を生むようにも
感じました。
病気を抱えながらも
身の丈を自覚し
そして自らが「生きたい」と
思えるように
お取次をさせていただきながら
お願いしていきたいと
思います。

うまくいかないこと
そのものを
排除しようとすると
人は成長しないのかもしれません。
そこを乗り越えての
成長でしょうか。

住みやすい世の中も、
便利すぎるこの時代も、
どこかで
極端な考えを
生み出すきっかけに
なっているのかも
しれません。
けれど、
それも私ですし
それがあなたですし、
認めつつ
お願いしながら
こと進めさせていただければ
良いかと思います。

最後は世に対しての
言葉になってしまいましたが^^;

いかがでしょうか。

 この記事を書いた人
 須賀院 崇徳





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