2014年8月26日火曜日

拝む対象、すり替わってませんか...

大きな示唆をいただきました。

腹が立つこと...

拝む対象、すり替わってませんか...

誰もが経験し、
誰もが抱えている悩みの一つかと
思います。

教祖金光大神様は、
腹立ば心の鏡のくもる事
と教えてくださり、
腹を立てることにおかげはない
と教えてくださっています。

この腹立ち...
どうしても、
腹を立ててはダメだと、
分かってはいても
腹が立ってしまうのが
実情かと思いますが...
ここで、
腹の立つ対象ですが、
人なら人、
その相手に腹が立っているのなら
その人を拝んでいることになる

そのように教えていただいたのです。

なぜなら、
おかげの出所は神様であるのに
その相手に腹が立つということは
その相手が変わることではじめておかげになると
気付かないうちに
そのように
決めつけてしまっている、と
指摘していただきました。
相手が変わるからおかげ
ではありませんね。
どこまでも
わが心が
和賀心(和らぎ賀こぶ心)に
なるように...です。

神様に腹を立てるのならまだしも
相手に腹を立てるということは
何か相手に期待しているかのように...
拝む対象が違ってきているということです。

目から鱗でした。

繰り返しますが
おかげの出所は神様です。
ですから、
自分の腹立ちは認めつつも
おかげをいただけないことを
神様へ
神様に対して
腹を立てること
(実際には神様に心向け願っていくようになるかと思いますが...)
そうすることで
おかげになっていくのだと
思わせていただきました。

何か腹を立てている相手から
おかげが出るとでも
思っていたのでしょうか^^;

教えていただき
納得させていただきました。
どこまでも神様へ...

もう一点、
願いながら行動
(対象に向かっていくこと)
に移すことも
セットで考えなければいけない
ということです。
願うだけでもいけない、
そのように教えていただきました。

いかがでしょうか。

 この記事を書いた人
 須賀院 崇徳





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