2014年8月2日土曜日

思いこんで惚れこんで

あらためて
基本に
出発点に
立ち返りたいと
思わせていただいております。

思いこんで惚れこんで

御用をさせていただくということ、
何かに繋がっているという思い
思いこみ...

教祖金光大神様は、
氏子、ほれるということは、
じゃらじゃらしたことのようなが、
これは実に結構なることであるぞ。
ほれたとなると、
ほれた人のためには、
たとえ自分の命が果てるとも、
火の中、水の中でもいとわぬ、
と思うものである・・・
神様にも信心して、ほれこめ。
実の一心に思いこんでみよ。
何事も、
おかげは思いこみ一心からかなうものなり


思いこんでいくこと。

なぜそれが必要かと言えば、
到達点が
おかげをいただくことだからです。

そこのところが
曖昧になっているから
周りが気になってしまうのかと
思います。

おかげいただける、
おかげいただける、
おかげいただける、必ず。

思いこみ一心で
新たに進ませていただきたく
存じます。

恋愛にも似てますね。
恋愛では、
惚れたもん負け
とも言われますが、
パワーバランスは
そもそも神様にありますから
それで良いのです。
間に人間が入り込むから
ややこしくなるのですが、
目に見えない神様を現す存在としては
人間になってしまいますが、
そこのところを今一度...
思いこみ一心で
おかげにしていただきたいと
願っております。

いかがでしょうか。

 この記事を書いた人
 須賀院 崇徳





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