2014年5月30日金曜日

物事を捉える自分の心

いつだって物事は
捉え方次第だと
思っております。
ご信心させていただき、
より一層その思いは
強くなっております。


物事を捉える自分の心

例えば人間関係でも、
自分は嫌いな人、
けれども
他の人はその人を好きだったり。

また日々変化します。
自分の心も、相手の心も、
天気も、温度も、環境も…

例えば相手の嫌いな部分が、
良くなっていれば楽ですが、
自分の心も変わることもありますから、
相手の嫌いな部分が
気にならなくなったり、
いかがでしょうか。

厄介なのが、
この捉える自分の心、
自由になりそうな自分の心が
いつだって自由に
ならないことです。

ではどうすればよいのでしょうか。

自由に
ならせていただけるように
お願いさせていただけば
良いと思います。

苦しまないように、
悪く思わないように、
必ずだと思いますが、
物事を悪く捉えることで
自分が苦しんでいるのは
確かなことです。
どんなに理不尽であろうとも。
世の中が、環境が。

助かりたいならです。
現状打破したいならです。

この現状で、
これでも良い…なら
今のままで良いのかもしれません。

周りがとやかく
言うことはありませんが、
助かりたいなら、です。

実際に苦しんでいるなら、
捉え方の捉える心が、
いつだってざわついているなら、
落ち着いていないなら、
私なら、
「ならせてください」と
お願いさせていただきます。

最近つくづく思います。

素直にお願いさせていただけるのも
あたり前ではないのだと。

いかがでしょうか。

 この記事を書いた人
 須賀院 崇徳





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