2014年5月11日日曜日

「ここはどういう場所ですか」

「ここはどういう場所ですか」
急に問われました。

「ここはどういう場所ですか」

金光教には、
お広前(ひろまえ)と呼ばれる空間があります。
ここ武蔵小杉教会にも
ございます。

私を含め
取次者(とりつぎしゃ)は
一日の大半をその場所に費やしているのですが、
どういう場所なのか、
もっともっと明確にしていかなければ
そう思わせていただきました。
あらためてですが、
新たな課題です。

どういう場所?
と質問が出る以上、
肌で感じるものが、
とりわけその方に対しては
ないのだなと感じました。
何をしてくれるところか
が分からなかったのです。

出来る限りではありますが、
人が助かる場
させていただきたく
願いを改めさせていただきました。

願いとしては、
お広前(ひろまえ)に入った瞬間に
何も語らずとも、
取次者(とりつぎしゃ)が言葉にせずとも、
肌で感じる、
参拝された方が、
「生きていて良かった」と
感じられるお広前(ひろまえ)、
そのためには
そこにいる私を含めた
取次者(とりつぎしゃ)たちの
想いも
親神様の願いに添えるか
どうかかと思います。

一朝一夕には
いかないかもしれませんが、
「ここはどういう場所ですか」
神様の言葉として
いただきました。

いかがでしょうか。

 この記事を書いた人
 須賀院 崇徳





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