2014年4月19日土曜日

道力(どうりき)が備わるように

先師は次のように
伝えてくださっています。

道力(どうりき)が備わるように

信心のことを知るに近道はなかった。
お庭草を踏み、足の裏にまめが出た徳で、
一つ一つ信心の徳を積み進んだものである。
今は、早く道を知りたいという考えが盛んになった。
これは悪いことではないが、
机の上で知りたいというので、
道力がないから、物知りはできたが
神徳者ができぬ。実際の徳がないために、
人を生かすことができない。


書いてある物も、教祖のことを書いてある物は、
教祖を拝し奉るの気持ちになって拝見すること大切なり。
そこに道力(どうりき)が備わるなり。


道力とは...

道力という言葉はありません。
道の力...

辞書では動力が出てきました。
*動力とは、機械等を動かすために必要となるエネルギーのこと

いただいた命を存分に、
人を動かすこと、
また人である自分をも
動かすこと、
容易なことではありません。

内側からにじみ出る、
やる気のようなものを
引き出させていただくために
神徳が必要なのかと
理解しています。
その神徳をいただくための
近道はないということかと思います。

昨日の記事にも書きましたが、
何かすぐに出来たような気分になる
そんな自分ですが、
近道はないのだということ、
一つひとつ
出来るかぎりで今のやる気のまま
動かせていただきたいと思います。
どうぞ
この気持ちが消えることがないように、
お願いさせていただきます。

いかがでしょうか。

どうぞ...
(副教会長 須賀院崇徳)



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