2014年4月12日土曜日

このためだったのか


おはようございます。宗教家の須賀院崇徳( @TSugain )です。


このためだったのか
このためだったのか

このためだったのか

よく歌詞で目にしますが、「 どうしようもなくても変わらずに朝は来る 」とあります。本当にその通りだなと思います。

辛い経験をすればするほど、深く考え、深く落ち込み、追い込まれもしますが、それでも変わらず朝が来る。この偉大なる現象に心の内から、そのような表現になるのかと想像します。

金光教の教祖・生神金光大神様は、

物事に時節を待たず、苦をすること。

教祖さまのみ教え

と、教えてくださっています。

早まる…、早とちり…、一人よがり…、取り越し苦労……。

いろいろと考え抜いて出した答えだと思いますが、今一度、今一瞬、立ち止まってみて、誰かに話して、話して、話して、一寸、時節を待ってみても 良いのかなと思っています。

一度きりの人生、あなただけの人生です。僕だけの人生。

時節を待ちおかげいただけば、拡がっていきます。子孫繁盛、家繁盛の道。末広がりになっていきます。

僕、あなただけの人生においての今現在の辛いことが、「このためだったのか」そう気付くときが来ることを願っています。

いかがでしょうか。

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 この記事を書いた人
須賀院崇徳(すがいんたかのり)

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