2014年3月26日水曜日

誰かの理解者になるための過程で


おはようございます。宗教家の須賀院崇徳( @TSugain )です。


誰かの理解者になるための過程で
誰かの理解者になるための過程で

誰かの理解者になるための過程で

起こりくることみなヨシ!そう思えたならどんなに楽だろうか、と思うことがよくあります。

けれども、それは無理ではないのだろう、と思えるようにもなりました。

一人だけでは、持続して感じられないこのことも、理解者がいてはじめて、共に歩む方がいてはじめて、思えるのかもしれません。問題事に対しても、その理解者が自分とは違った見方を示してくれますから。

ですから、一人では無理があることなのかもしれません。

以前に、『神様のほかにこの世に生きている人でたった一人でも自分のことを理解してくれる人がいれば人は生きていける』そのように教えていただきました。

理解するとは、一体僕が何で苦しんでいるのかとか、どうして僕が喜んでいるのかとかをです。

自分ですら分からないところまで、「理解してもらえてる」と思えてはじめて、理解してくれる人になりうるのかと理解しています。

そして、「 生きている人 」という条件がものすごく大事で。感情を持っている人、親でも、兄弟でも、恋人でも、知人でも……です。亡くなった人は想いはあっても伝える口がありませんから難しいのでしょう。

そう考えると、自分の心次第では誰かの理解者になれると思うのです。

たとえ分からなくとも、分かろうと努力することを決して諦めずに投げ出さずに進められたなら、万分の一でも可能性があると思うのです。人のお役に立つということ。

それが人助けに繋がると思うのです。そのようにも教えていただいています。

けれどもまずは理解してもらうことです。でなければ、相手を理解しようと努力したとしてもなかなかその意味さえ分かりませんから。

してもらったことしか出来ない|受け入れること|宗教家の書くブログ してもらったことしか出来ない|受け入れること

今日理解したとしても、明日は分かりませんし、ですから今日で終わりというものでもありません。

ここまでになると自分の力ではどうこう出来ないですから、神様に、御霊様にお願いするのかとも思います。それで信心になります。

そしてそのときには、何かまた別の感情が生まれていることかと思います。

いかがでしょうか。

 この記事を書いた人
須賀院崇徳(すがいんたかのり)

*twitterでも毎日1回はつぶやいてます。


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