2014年3月15日土曜日

信仰の選択肢


おはようございます。宗教家の須賀院崇徳( @TSugain )です。


信仰の選択肢
信仰の選択肢

信仰の選択肢

人が亡くなれば、お墓に埋葬されます。最近では、散骨なども選択されています。

お墓ですが、お墓があれば墓守が必要なわけです。お寺等に任せてあると言っても、それでも故人の縁者がお墓を守っていかなければいけないわけです。

この墓守とご信心について、最近よく考えるようになりました。

夫婦は他人の寄り合いと言われるように、家庭を築いていく中で信仰も混じるのが通例かと思います。

その時の墓守とご信心、本来一つであるものが二つに分かれていくように思えてならないのです。

お墓があるからお骨はお寺にお願い、けれど信仰は他宗でやりますから……。これでは、子や孫は迷うであろうなぁとつくづく思うのです。

何を伝えたいのか、子や孫、それから周りの人に。

助かってもらうために、何を伝えたいのか。

お墓さえ守ればそれで良いということにもなりかねないと思います。( だいたいがこのパターン、そんなイメージあります )とても寂しく感じますね。

押し付けに聞こえてしまったら申し訳ありませんが、この子を助けたいと本気で思うのなら、根っこにはご信心が無ければ人は助からない、本気でそう思います。

出来る限りではあるとは思いますが、まずは夫婦でよく話し合って信仰を一にして、子や孫には首根っこつかまえてでも伝え聞かすこと、それが大事と僕は思います。時代錯誤と感じられるかもしれませんが、大切なことではないでしょうか。

結果がどうこうではなくて、生きている間に出来ることがあるということを思います。

「 どちらでもいいよ、あなたが好きな方へ 」聞こえは良いですが選ぶ方は迷うと思うのです。親として本気で何を伝えたいのか、伝えもせずに選ばせるのはとても酷のような気がいたします。

いかがでしょうか。

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 この記事を書いた人
須賀院崇徳(すがいんたかのり)

*twitterでも毎日1回はつぶやいてます。


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