2014年2月9日日曜日

お稽古を通して気付いたこと


おはようございます。宗教家の須賀院崇徳( @TSugain )です。


お稽古を通して気付いたこと
『 笙(しょう)』雅楽用の管楽器

お稽古を通して気付いたこと

今日は楽「 笙(しょう)」のお稽古をさせていただきました。教えさせていただくこと、ありがたいことです。

今までは習うばかりでしたが、今、教えさせていただく立場にもなり、すると自分の中のものが外に出ていくわけですから、それは明確に苦手な部分などが露呈することでもあります。そのことに気付かせてもらってます。

教えさせていただくことも、ある程度は想像していましたが、思うのと実際にやってみるのとでは雲泥の差があることに気付かされます。

質問されて答えられないこともあったりで……。

教える教えられるの関係性によっては、それで良いこともあるのかもしれませんが、答えられない自分に甘んじることなく、そのことをまた勉強していくことは とても大切なことだなと思えています。

金光教の教祖、生神金光大神様は、

神信心も手習いも同じこと。一段一段進んでゆくのじゃ。にわかに先生にはなれぬぞ。

教祖さまのみ教え

と、教えてくださっています。

ご信心も同じことなのですよね。

このことを思うと、教えさせていただくということが人が育つ上でどれだけ大切で、どれだけ必要なことなのかが感じられました。親になるということでもあります。

自身一人でのご信心だけではなくでですね。いかがでしょうか。

助けてもらった経験のない人に、人を助けることなど出来ない。|宗教家の書くブログ 助けてもらった経験のない人に、人を助けることなど出来ない。

 この記事を書いた人
須賀院崇徳(すがいんたかのり)

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