2014年2月26日水曜日

恩を忘れて


おはようございます。宗教家の須賀院崇徳( @TSugain )です。


恩を忘れて
恩を忘れて

恩を忘れて

金光教の教祖・生神金光大神様は、

天地の神様は氏子の親神である。かわいいわが子を、どうして難儀に遭わせなさるであろうか。わが子をもって合点するがよい。常平生、神様に取りすがっていれば、神様と心安くならせてもらっているも同然である。無理も聞いていただける。大難は小難にまつりかえてくださり、小難は無難にお取り払いくださる。

教祖さまのみ教え

と、教えてくださっています。これは真理と思います。

親である神様、子である我々人間( 万物も )ですが、どうして親がかわいいかわいい子に難儀に遭わせなさるであろうか……、この部分です。

ここが全く分からないと真理どころか、親に育てていただいた恩も忘れて( たとえばおむつを替えてもらったり…… )何を勝手なことをと、そんなことを思ってしまうかもしれません。

正しいか間違っているかさえも全てはこちらがどう思うかだけなのですが、思い方にも筋道が必ずあって、恩を忘れるというのはいかがなものかと思うのです。

誰にも迷惑かけてないし……は、ただ現在形なだけであって、過去の時間をいっさい考慮してません。その思いで生きていけばどうなるものか、いよいよは分からなくなってくるのが実際かと思います。

世話になるという考えが皆無ですから。

自分は正しい。相手が言っていることは間違っているかはさておいて、自分は間違っていない……では、喜びの心から遠ざかるのではないかと感じるのです。

試しに、一度喜んでみますと素晴らしさが分かると思うのです。これは真理ですから、例え今はそう思えなくても知っていて差し支えないかと思います。

いかがでしょうか。

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 この記事を書いた人
須賀院崇徳(すがいんたかのり)

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