2014年2月24日月曜日

先が楽しみ


おはようございます。宗教家の須賀院崇徳( @TSugain )です。


先が楽しみ
先が楽しみ

先が楽しみ

話をしていて気付かされることが、多くなりました。自分が発言していてもです。

相手のことを祈りながら、出来るだけ伝わるように、少しでも助かりの一助となるように、と常に神様に願いながら話しているからかと感じています。

気付かせてくださるという感覚でしょうか。どこまでも自分「 が 」気付いたという感覚にならぬように気をつけています。

以前、金光教教主に訪ねたことがあります。「 神様の声と言いますが、何をもって神様の声なのでしょうか 」と。すると……

何をもってというか、全て神様のお働きあってのこと。全てありがたくいただけばよろしい

教主様のみ教え

「 ふと思ったことでもですか 」と押して伺うと、『はい』と、そのように教えていただきました。

当時は、そんなものかなと思いましたが、日々の稽古に従い、年数を重ねるに伴い、当然感じることも、思い浮かぶことも、変わってきたのは事実です。

それは、「神様の声」など気にせずに( 囚われずに )、日々稽古させていただきなさいと、教えられたようにも今は感じています。

この感覚は、まだまだこれからクリアになっていくように思いますが。

より多くの難儀苦しむ氏子に触れ、取次願い、祈り、時間を費やすことで、気付かされることも増えてくるように感じています。

先を楽しみに、ですね。いかがでしょうか。

動いてみた結果―それでも2年半座ってみて|宗教家の書くブログ 動いてみた結果―それでも2年半座ってみて

 この記事を書いた人
須賀院崇徳(すがいんたかのり)

*twitterでも毎日1回はつぶやいてます。


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