2014年2月22日土曜日

出来ない自分を前提にして


おはようございます。宗教家の須賀院崇徳( @TSugain )です。


出来ない自分を前提にして
出来ない自分を前提にして

出来ない自分を前提にして

自分の心さえままならない、そんなモヤモヤとした経験は誰にでもあることかと思います。

たとえば、非常事態に出くわしたときです。自分に何が出来るのかは想像するよりも、実際に経験すると、まざまざと気付かされます。

そこには、伝わる言葉や想い、説得力が伴うのかと思うのです。

僕が常々感じる「 何も出来ない…… 」や「 生きている意味は…… 」なんかも非常事態に出逢ってはじめて意識されることですし、結果自分を見つめることになるでしょうし。

現実に出来ない自分にぶつかることで、自分は何者なのかがはじめて問われてくるのだと、そう思います。

「 何も出来ない…… 」が良い悪いではなくて、ここから出てくる感情にこそ意味があって、どうしたいのか。生きていくために、必要な生き甲斐が生まれると、強く感じています。

信仰心あればそのままに、出来ない自分を浮き彫りにさせ、そのままに祈ることも出来ます。ありがたいことです。

信仰心ない方は、出来るだけ多くの方の考えを聞くことが必要かと思います。もちろん出来ない自分を前提にしてではありますが。。

いかがでしょうか。

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 この記事を書いた人
須賀院崇徳(すがいんたかのり)

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