2014年2月11日火曜日

言葉に宿る迫りくるもの


おはようございます。宗教家の須賀院崇徳( @TSugain )です。


言葉に宿る迫りくるもの
言葉に宿る迫りくるもの

言葉に宿る迫りくるもの

己が確とした神も無く、わが内なる神を育てずして相手にその神を移すだけの自信もなければ、それだけの努力もなくして、そうしてただ机上の空論だけでとやかく言うことは、あまりにも軽率すぎる

須賀院義雄師の教え

亡くなった祖父の言葉です。

鬼気迫るものがあります。たまに見返しますが、毎回見る度に背筋がピーンとなり、胃がキューっとなります。

年数が経てば経つほど「 はぁ~ 」という気持ちにもなりますが、それでも忘れてはいけない言葉かと感じています。

自分のふがいなさを、それでもなお出来る喜びを意識し続けたのち見えてくるもの、感じ得るものがあると思うのです。

それは亡くなった祖父の姿から想像します。もちろん残した文書からも……。

文字自体が迫力を帯びこちらに迫ってくるという感じでしょうか。

これが言霊ことだまなのでしょうね。いかがでしょうか。

亡き祖父の教え「 ある家族の助かり 」より①|宗教家の書くブログ 亡き祖父の教え「 ある家族の助かり 」より①

 この記事を書いた人
須賀院崇徳(すがいんたかのり)

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