2014年1月16日木曜日

強制から自発へと


おはようございます。宗教家の須賀院崇徳( @TSugain )です。


強制から自発へと
強制から自発へと

強制から自発へと

「 しなければいけない 」と言われてしまうと、反発してしまうときがあります。

勉強もそうですね。ご信心も同じかもしれません。

亡くなった祖父・須賀院義雄師がよく言っていました。「ご信心せずにはおれなくなるといい」と。

亡き祖父の教え「 ある家族の助かり 」より①|宗教家の書くブログ 亡き祖父の教え「 ある家族の助かり 」より①

また師からは、「神様はあなたに対してそんな期待はしてないよ」と。続けて、「元気でいてくれたらそれで良いから」と言葉いただき、自分が「 しなければいけない 」からは開放されたように思います。

ご信心は、親子の間柄で例えられます。神様が親で、僕ら人間が子で。

親が子に対しての過度の期待から、そのプレッシャーで子が苦しむこともありますが、それは、親は辛いと思うのです。

そのことを知らずにか、また自分がそうされてきたからか、もしくは、この現代社会でわが子が落ちぶれないようにと良かれと思って過度の期待を抱く親もいるかもしれません。その結末はどうなんでしょうか。

僕も直接言われたわけではなく、勝手に感じていた期待もありました。過度のプレッシャーを。こんな自分では受け入れてもらえないとか。言われもないのに……。

そんなふうにして、自分で自分を苦しめていた時期がありましたね。

そこにきての「神様はあなたに対してそんな期待はしてないよ。元気でいてくれたらそれで良いから」ですから。心が楽になりました。

だからでしょうが、逆に、出来ないながらにさせていただきたいと思う心が生まれたのです。それが親孝行になるのでは、そう感じています。

それは「しなければいけない」ではなくて「せずにはおれない」ということです。まだまだまだまだムラがありますが、今日も一日です。いかがでしょうか。

 この記事を書いた人
須賀院崇徳(すがいんたかのり)

*twitterでも毎日1回はつぶやいてます。


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