2014年1月1日水曜日

新年の言葉


おはようございます。宗教家の須賀院崇徳( @TSugain )です。


新年の言葉
2014年1月1日 多摩川河川敷より撮影

新年の言葉

新年おめでとうございます。

いよいよです。本年は、この教会が開教されてより40年の節の年となります。

まずは40年、よくぞここまでの御礼です。

35歳の僕が、40年の御礼を申し上げるのには、年数から言っても少し無理があるように思いますが、この40年なくして今の僕がないことは確かなことでしょうし、それは皆様にとってみても同じことではないでしょうか。

では40年の御礼と一口に言いましても、いったい何に対しての御礼なのでしょうか。

教会の存続?いただいてきた数々のおかげ?まぁ、どれをとってみてもありがたいことには変わりないですが。

四代金光様は、『御礼を土台に』そして、『順序を間違えないように』ということを、繰り返し、繰り返し、教えてくださいました。

それぞれに命の繋がりからすれば、40年では足りないでしょうし、本来ならば、もっともっと思うべきところがあるのでしょうが、こと目に見える40年前に武蔵小杉教会が産声をあげたことに注目させていただきたいと思うのです。

40年前に、教会としての命をいただいたこと。オギャーオギャーと、産声をあげて教会が生まれたことで、数々のおかげが現れてきたことは確かなことです。僕もそのおかげの中の一人です。

教会が生まれたことで、現れてきたおかげの事実は、それぞれにあることでしょう。

ここを今一度明確にして、御礼の土台を作ってまいりたいと思います。教会に関わる一人一人、御礼を土台に一丸となっていくことを切に願っております。

どうぞここから

これからの人のため、その先も考えてみたいと思います。

御礼を土台に落ち着くわけではないことは、皆承知のことかと思います。

順序を明確にして、強い御礼の土台を作り、その土台にしっかりと座って願っていく、人のことを強く、人のお役に立つことが、それぞれに与えられた生き甲斐だと感じています。

今、天地の開ける音を聞いて目をさませ。

教祖さまのみ教え

教祖さまのみ教えが浮かんでまいりました。

おわりに

いよいよです、40年の御礼。

それぞれにあらたまるチャンスをいただきました。

それぞれがご信心いただき、大きくあらたまることが出来ますよう、そして安心のおかげをいただかれますよう、切に願っております。

僕も今一度大きな大きな、あらたまりのおかげをいただきたいと願っております。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

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 この記事を書いた人
須賀院崇徳(すがいんたかのり)

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