2013年12月15日日曜日

自覚し始まる


おはようございます。宗教家の須賀院崇徳( @TSugain )です。


自覚し始まる
自覚し始まる

自覚し始まる

それぞれの神様。ご信心……。大抵は、悩みを抱えて教会へ参拝し、願いを成就させていただいた後、天地のお働きを教えていただき、そうして自分の存在を知らされて、それぞれのご信心へと移らせていただくものかと思います。

そうしたならば、参拝された方が、「 私が家族の代表です 」という表現は、ちょっと違うのでは?と感じ始めました。

尊いことです。意味のないことではないように思います。徳積みの信心ですし、そのお徳は後生に残ると教えられてもいますし……。

けれども、それぞれが天地金乃神様の氏子であると自覚して、はじめてご信心になっていくことは間違いないのではと、感じています。

それぞれが徳を積める存在なのです。周りのためであり、その喜び・助かりは何より自分にも返ってきますから。

亡くなった祖父が、最初の願いが成就することを『手付けのおかげ』と表現されました。

手付けですから、そこから御礼という返済が( 人助けという御礼です )始まっていかなければなりません。そう思うのです。

いかがでしょうか。

油断すると氏子から奪ってしまう主導権|宗教家の書くブログ 油断すると氏子から奪ってしまう主導権

 この記事を書いた人
須賀院崇徳(すがいんたかのり)

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